図書紹介
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プロジェクト・マネジメント『危機からの脱出マニュアル』
  ――― 失敗ケースで学ぶ ――

(デイビッド・ニクソン/スージー・シドンズ著、中島秀隆訳、ダイヤモンド社、2006年07月27日発行、1版、220ページ、2,200円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):11月号

今回紹介の本は、抽選で当たることを期待して買わずにいた。しかし、結果は残念ながら外れでやむなく購入した。その抽選とはPM養成講座のメルマガで、筆者も毎回愛読しているものだ。このメルマガの主宰者は、好川哲人氏(プロジェクトマネジメントオフィス代表)でPMAJのメンバーでもある。氏とは面識はないが、ここ数年PMシンポの講師をされている。今年は「プロジェク計画に必要なPMコンピテンシー開発ワークショップ」を担当されている。氏のメルマガは、多面的にプロジェクトマネジメント(PM)を取り上げ、実践的なものなので勉強になる。このメルマガのアクセスをお勧めしたい。そこで本題であるが、もう一つこの本の翻訳者が中島秀隆氏であるので、ここで取り上げた理由でもある。中島氏とは、面識もありJPMF時代からのお付き合いである。中島氏もPMAJのメンバーで、毎年のPMシンポで講師をされる傍ら、プラネット社(PM関連セミナー企画・開催)の社長としてベンダーブースでも活躍されている。因みに、今年の中島氏のセミナーは「死ぬ前に達成すべき25の目標:人生というビック・プロジェクトをマネジメントする」である。機会があったら聞いてみたいと思っている。

この本は題名の通り、PMのリスクマネジメントに関するものである。それも失敗したプロジェクトや失敗寸前で危機を脱出した事例を豊富に(50ケース以上)挙げて、その内容から原因と方策を導き出している。著者はコンサルタントでトレーナーとしての実績から、多くの英知が集約されている。しかし、あくまでもマニュアルなので教育等に活用する場合に有効である。この本から多くの学びがあるが、この通り実行すれば成功することではない。この本に書かれたことを参考に、目前のプロジェクトにどう対処するかはリーダーの裁量である。裁量とは、知識ではなく技能であり経験であり智恵である。この本の巻末の訳者あとがきに、先の危機事例の検証としてアポロ13号の宇宙飛行士とタイタニック号の室内楽のバンドメンバーが発した言葉が偶然一致していることを披露している。「ここで諸君と一緒にやってこられたことに感謝する」この言葉はPM関係者のみならず、あらゆる仕事に共通している。そしてこの教本を通じPMとしての智恵を磨くことを期待したい。

プロジェクトが失敗する理由     ―― プロジェクトを開発するから ――
この本はマニュアル(教本)である。だからプロジェクトを知らない人も含めた幅広い人を対象に書いているので、語句の定義も事象発生の背景も原因も解説している。、ここではプロジェクトの失敗の原因を6つに特定して書いている。どれも基本的なことで、こんなこともというものも含まれている。@『情報が不適切である』、これはプロジェクトに限らず,あらゆる仕事に共通している。ここで著者は「人が知り得ることには限界があり、これは人間の行動にはつきもののリスクでしょう」と情報の範囲と信頼度をベースにリスク回避を指摘している。個人的には情報の新鮮度も考慮するとより正確性が高まると思う。
A『外部の出来事による』、これは政治的変化(政変)や天災・戦争等の不可抗力的なことを言っている。確かにこれらの事象は、予測不可能なものである。ここでは国際プロジェクトや国家プロジェクトを想定して問題提起されている。こうしたことを未然に防ぐのではなく、失敗の危険性を事前に想定してどう対処するか、「契約」に盛り込むべきである。B『目標や要求内容が不明確・不適切である』、著者は補足として、「前提条件に間違いがある」「要求内容を明確にする」ことを書いている。よくあるケースだが、問題はこの不明確・不適切さに気が付かないでプロジェクトに着手して失敗しているのが実態である。

C『技術に裏付けがない』、ここで世界初の大型ジェット旅客機のコメット機の事例を挙げている。1949年の初飛行でスピード、飛行距離ともプロペラ機を凌ぐ夢の飛行機であった。所が、1954年に2度の事故を起こして以来、ボーイング707機に市場を奪われ1969年に姿を消した。どんなに素晴らしい技術でも安全性とか確実性といった裏付けがないと少なからずリスクが伴う。一方、技術進歩の早いITプロジェクトではこの技術の取り込みも必要である。要は、新しい技術とリスクを見極める能力や経験がキーポイントとなる。
D『投入資源が不適切である』、著者はプロジェクト投入資源をヒト・モノ・カネについて補足説明しているが、現実的にはこれら全てを満たすのは難しいとも指摘している。ここでモノとは、建設現場での資材であり機材・装置機器類をいっている。それが何であれ、どんな状態であってもプロジェクト完成のためのリスクを回避しなければならない。E『コミュニケーションやマネジメントがまずい』、これも「見積もりと計画」「目標設定」「グループ思考」に関する補足をしている。コミュニケーションとマネジメントはそれぞれ独立した項目であるが、鶏と卵の関係でもある。コミュニケーションが悪いからマネジメントが悪くなり、マネジメントが悪いからコミュニケーションが悪くなる。以上の6項目は、どれも思い当たることばかりである。この本の各章の終わりにプロジェクト開発のチェックリストが掲載されている。このチェックリストは、先の失敗の原因を避けるためのものである。しかし、そのチェック項目の漏れを防止することが出来ても、その項目の判断基準が不明確だと折角のチェックが甘くなる危険性がある。この判断基準こそがPMリーダーの技量と経験である。それを集大成してプロジェクトを成功させる智恵を蓄積したい。

危機からの脱出   ―― (事例)アポロ13号トラブルから学ぶもの ――
この本に50以上の危機脱出や失敗プロジェクトの事例が取り上げられているが、アポロ13号のトラブル回避のケースはPMとして学ぶべことが多々ある。問題発生から帰還までを時系列的にどう危機を脱出したか、著者のポイントと補足資料から問題点を追ってみた。
@トラブル発生(現状認識):1970年4月13日21時8分、アポロ13号から「ヒュースン、問題発生」と第1報が地上基地に伝えられた。この時点では、何のトラブルなのか誰も分からないが、「正直にオープン」に事実を直ぐ伝えた。実は、その時点で2号酸素タンクに爆発があり、支援船が破壊されていた。この問題を究明するために、ヒュースンの地上基地とアポロ13号との間で懸命の確認作業がなされた。その結果、2つある酸素タンクが2つと、3つある燃料電池の2つが駄目になり、更に2つある電力供給ラインの1つが死んでしまっていることが判明した。燃料電池が駄目になることは、エネルギー源が一切使えなくなるので、宇宙飛行士の生命に係る重大な問題発生である。約1時間半後に検討された解決策は、A対処策−1(安全の確保と保障)『月面着陸船を救命ボートとして使う』である。この結論は、現状使えるライフライン(酸素、電源等の最低限)の確保をする為に当初目的の月面着陸を断念し、その着陸船を救命船に使用して宇宙飛行士の帰還を最優先課題とするものであった。次の問題は、その着陸船が45時間分のエネルギーしか確保されておらず、地球帰還までの90時間をどう保障して地球帰還まで支えていくかである。

B対処策−2(生命確保のための犠牲と智恵)『エネルギー源と酸素や水の確保』に関しては、壮絶な人間ドラマが展開された。中でも水不足に関しては、過去の宇宙飛行士の水分補給の半分しか確保できず、我慢して凌いだ。その結果、乗組員の脱水症状はひどく、健康維持の限界点に達していた。更なる問題は、宇宙船内の炭酸ガスの蓄積である。宇宙船内の炭酸ガスは、水酸化リチウムの容器を使って除去出来るようになっている。その容器は、指令船と月面着陸船の両方を合わせれば十分な数である。しかし、指令船の容器は四角い形状で、月面着陸船の容器は丸い受け口で上手く接続できない。C対処策−3(地上クルーと飛行士の叡智)『地上基地の叡智と宇宙飛行士の技で双方を接続するマジックボックスを完成』して見事に難題を解決した。地上でのブレーンストーミングでは、船内で乗組員が使えるあらゆる素材を検討した。ビニール袋、テープ、ボール紙、キャニスター(蓋付き容器)を地上で試作し、その指示に従って乗組員が同様に製作して取り付け無事に難問をクリアーした。そして4月17日10時43分、乗組員救命ボートから指令船に乗り移る。最後の難問が、どこに着水するかである。故障している宇宙船の位置の特定と操作で地上の指示通り目的ポイントに着水出来るかも大きな問題である。D対処策−4(着水点の模索)限られた条件下で、地上クルーと宇宙飛行士の冷静な判断と懸命の努力で見事目的地である南太平洋に着水(4月17日24時7分)し、4日と3時間のドラマは無事終わった。

危機脱出の処方箋    ―― プロジェクト開発中にやってはいけないこと ――
プロジェクトを開発している過程で、いろいろな危機や失敗に近い状態に遭遇する。その時どう対処するかが問題である。本書でも、出来るだけ良い結果を得るために、時には失敗が成功に転じることもあると「サバイバル・スキル」を書いている。その中でも「失敗を認める」「レビューし継続する」と指摘された点は参考になる。「失敗を認める」ことはリーダーとしては、屈辱的なことである。誰しも何とか出来るものなら失敗を回避したい。だがこの躊躇する判断が、事態を一層悪化させるケースが多い。初期的段階で、対処策の一つとして「失敗を認める」ことも含めて勇気ある検討が必要である。この点に関し著者は、「失敗を認めることで、それを受け入れる準備をし、失敗から教訓を学び、将来に向けて計画するチャンスとなる」と書いている。この背景には、組織としてPMリーダーとして責任を取ることが前提にある。プロジェクト責任者には大きな権限がある反面、結果責任を果す義務がある。この責任を果たせない人は、リーダーになる資格がない。次に「レビューし継続する」点であるが、先の「失敗を認める」過程で出される結論の一部である。この判断も現状認識と将来リスクの可能性をどこまで見通せるかに掛かっている。著者はこの点に関して、「開発資源はどうか」「技術的スキルは大丈夫か」「開発要因の士気は問題ないか」「顧客の満足度はどうか」を含めレビューすることを指摘している。

最後に、プロジェクトが危機に直面した時に「決してやってはいけないこと」として6項目を挙げている。@何も対応しない。A白をきる。Bプロジェクトマネジャを交代させる。C契約を破る。D資源を追加投資する。E下請けや顧客を責める。どれも常識的なものであるが、実際に実行出来るものも、出来ないものもある。一般的にBとDに関しては、状況に応じて検討する余地がある。著者も巻末のチェックリストでそのことに触れている。Bプロジェクトマネジャを交代させる場合、「プロジェクトにプラスになるか」「後任として適任者がいるか」「交代で他に与える影響はどうか」を検討して判断すべきであるとしている。D資源を追加投資する場合、「新たな資源は作業に適切か」「現有資源は最大活用されているか」「資源投入の時期は間に合うのか」を総合的に判断してから結論を出すと書いている。筆者の経験では、危機に直面したプロジェクトがBやDの対処策で乗り切ったケースが幾つかあった。だから一概に「やってはいけないこと」とせずに多面的に検討すべき事項の範疇と思われる。著者は最終のまとめとして、「世の中がどんなに発展しても、プロジェクトの失敗が根絶されることはないでしょう。プロジェクトの失敗から教訓を学習すれば、将来にわたりプロジェクトの失敗を回避する手助けとなる」と書いて、このマニュアルが役立つと結んでいる。題名にもある通り、この本は教本である。プロジェクトは実践課程で体得するもので座学での習得部分は少ないが、PMBOKやP2M教本のように学習体系書として座右の書として利用できる。これらと対比して読むと一層深みのある本として活用できると思う。自分としてのプロジェクトチェックリストが作成できれば最高である。
(以上)
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